接着剤は、自動車や航空機の製造、建築・土木から日常生活のあらゆる場面にまで活用されている重要な材料です。金属や樹脂など、異なる素材同士を強固に結合し、しかも環境条件や用途に応じて多様な特性を発揮しなければならないため、その開発には時間と手間がかかるといわれています。
しかし近年、こうした接着剤開発の現場に「マテリアルズ・インフォマティクス」という新しいアプローチが広がりつつあります。マテリアルズ・インフォマティクスとは、実験データやシミュレーション結果を体系的に管理し、機械学習などの数理モデルを用いて効率的に最適解を探る手法です。ここでは、接着剤に求められる基本的な特性や、三井化学による研究事例をもとにした機械学習モデルの構築、そして今後の展望について分かりやすく解説します。
1分でわかる要約
接着剤は「接着強度」だけでなく、耐熱性・耐水性、柔軟性、硬化速度など複数の性能を同時に満たす必要があります。そのため従来は配合を変えては評価する試行錯誤が中心でしたが、実験データとシミュレーションを整備し、機械学習で最適配合を探索するマテリアルズ・インフォマティクス(MI)が開発加速の手段として注目されています。
三井化学の研究例では、ガラス転移温度(Tg)約800件、透湿度約600件、接着強度約50件の実験データを用いて物性予測モデルを構築しました。Tgと透湿度はR^2=0.61の妥当な精度を示し、データが少ない接着強度はTg・透湿度を説明変数に加えることでR^2が0.28から0.49へ改善しています。さらに大量の仮想組成をモデルで評価し、有望配合を実験で検証することで、未探索の組成から性能の良い候補を効率よく見つけられる可能性が示されました。
MIの活用により、開発の手戻りを減らして探索を前倒しでき、市場投入までのスピード向上が期待されます。接着強度に加えて耐候性や硬化特性などの同時最適化、実験・実績データの集約による因果理解の深化、長期耐久性予測や環境負荷低減の検討にもつながります。つまり接着剤開発は「当てずっぽう」ではなく、データで候補を絞って実験で確かめる進め方へ移行しつつあります。
専門的な領域を持つMIベンダーを選ぶ重要性
MIベンダーの中には、電池材料やガラス材料、触媒など特定の領域に強みを持つ企業があります。各ベンダーが保有するデータの質と量は解析精度に直結し、研究開発のスピードやコストにも大きく影響します。そのため、自社の開発テーマに近い専門領域で実績とデータ資産を持つMIベンダーを選ぶことが重要です。
このサイトでは、こうした専門領域に強みを持つMIベンダーを中立的な立場から整理し、特徴や支援内容を比較できるようにしています。次のセクションでは、候補を絞り込みたい方向けに「専門的な領域に強いMIベンダー3選」をご紹介します。
接着剤は、単に「くっつけばいい」というものではありません。以下のような多岐にわたる機能や条件を満たす必要があります。
最も重要な性能の一つで、被着材(接着剤が接着される側の材料)にかかる衝撃や圧力、引っ張りなどの負荷に耐えられる強度が不可欠です。
部材の使用環境によっては、高温下でも特性を保ち、水蒸気や湿度による劣化を防ぐことが要求されます。自動車のエンジンルーム内や、屋外用途での耐候性確保にも直結します。
振動や歪みを吸収するための柔軟性、あるいは高速生産ラインに合わせた早い硬化など、用途に応じて大きく特性が変わる点も接着剤ならではの特徴です。
従来はこれらの特性をすべて満たすために、配合や材料を一つずつ試しながら評価する「試行錯誤型」の方法が一般的でした。近年はシミュレーション技術と実験データ管理が進歩したことで、こうした開発工程を加速させる「データ駆動型」の手法が注目を集めています。マテリアルズ・インフォマティクスは、この流れの中心的存在といえます。
三井化学の研究事例では、接着剤において特に重要視される以下の物性について、蓄積された実験データを用いて機械学習モデルを構築しています。
ガラス転移温度や透湿度はデータ量が多かったため、線形サポートベクターマシンを用いた予測モデルがそれぞれR^2=0.61、MAE(平均絶対誤差)=7.9(Tg)、R^2=0.61、MAE=19.5(透湿度)という妥当な精度を示したことが報告されています。一方、接着強度はデータ数が限られていたため、単独ではR^2=0.28と低めの精度にとどまりましたが、同研究ではガラス転移温度や透湿度を説明変数に加えることでR^2=0.49まで向上させることに成功したとのことです。こうした取り組みから、複数の物性データを相互に利用することで精度を高められる可能性が示唆されています。
上記研究では、機械学習モデルがある程度の精度を確保できた段階で、大量の仮想組成を生成し、それぞれのTgや透湿度、接着強度を予測する「仮想実験」が行われました。その結果、これまで試されていなかった組成の中から、透湿度が大幅に低い配合や、現行品と同程度の強度を維持しつつ別の特性に優れた配合が見つかったとのことです。実際に合成・評価した結果でも、予測値と実測値が近い精度で一致したと報告されています。これは、研究者の工数を削減しながらも、高い性能をもつ材料を見いだすための有力な手法といえます。
マテリアルズ・インフォマティクスを駆使した接着剤開発には、以下のようなメリットと将来性があります。
従来の試行錯誤に比べて、新素材を見いだすまでの時間と手間が格段に減少します。これにより企業側の研究投資が効率的に使われ、新しい接着剤の市場投入までのスピードも速まるでしょう。
接着強度だけでなく、耐候性や硬化速度などさまざまな特性をトータルに向上できる可能性があります。異種材料間の接合やリサイクルを見据えた容易剥離性など、多様化するニーズにも柔軟に対応できます。
実験データや使用実績を大規模に統合することで、材料の構造と物性の因果関係が一層明確になります。これにより、長期耐久性の予測やライフサイクル評価など、製品安全性や環境負荷低減にも貢献が期待されます。
今後は、膨大な材料データの収集と整理、シミュレーション精度の向上、そして機械学習アルゴリズムのさらなる洗練が進むことで、マテリアルズ・インフォマティクスの有用性はますます高まっていくでしょう。自動車や航空機だけでなく、ウェアラブル機器や医療分野などさまざまな領域で接着剤の重要性は増しています。それに伴い、より厳しい耐熱性や生体適合性などが求められるため、データ駆動型のアプローチが今後ますます求められると考えられます。
要するに、マテリアルズ・インフォマティクスを活用することで、接着剤開発は従来型の「当てずっぽう」から「狙い撃ち」の時代へ移行しつつあります。膨大なデータと計算能力の組み合わせにより、期待される特性を持つ材料を合理的に探索できるようになる点は、ものづくりの現場に革命的な変化をもたらすでしょう。今後さらなる技術的ブレイクスルーが進めば、接着剤の性能向上だけでなく、持続可能性や環境負荷低減にも寄与する幅広い展開が期待されます。
参照元:J-STAGE https://www.jstage.jst.go.jp/article/ciqs/2019/0/2019_2B01/_pdf/-char/ja
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